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乳がんの治療法と最新の動向

広島大学病院 乳腺外科講師角舎 学行

かどや・たかゆき。1967年生まれ。1992年、広島大学医学部卒。ニューヨークのマウントサイナイ医科大学から2004年に帰国後、中国労災病院、県立広島病院を経て、2011年から広島大学病院乳腺外科講師。日本乳癌学会乳腺専門医・指導医・評議員、日本乳癌検診学会評議員、日本オンコプラスティックサージャリー学会評議員、日本外科学会外科専門医、NPO法人ひろしまピンクリボンプロジェクト理事長。

乳がん患者は年々増加し、年間8万人を超えて、この10年間で2倍以上になっています。乳がん患者数は女性では第1位ですが、死亡者数では5番目で、早期発見すれば比較的治りやすいがんといえます。乳がん検診や治療方法のほか、乳房の再建手術およびかかりつけ医の役割などについて、広島大学病院乳腺外科の角舎学行講師に聞きました。

40歳からは2年に1回のマンモグラフィ検診を

40歳以上の女性を対象にしたマンモグラフィ検診によって、乳がんの死亡率が15~20%減少することが明らかになっています。このため、日本の標準的な乳がん検診として、40歳以上の女性を対象に、2年に1回のマンモグラフィによる検診を受けることが勧められています。母親や祖母、姉妹など家族が乳がんになっている場合には乳がんに罹患する割合が高くなるので、乳がん家族歴のある人は30歳代後半からの検診をお勧めします。

さらに最近では、乳腺濃度が高い40歳代を対象とした乳腺エコー併用検診が乳がんの早期発見に有効であるという報告や、遺伝性乳がんなどハイリスクな症例では乳房MRIを加えることが推奨されるなど、乳がん発症リスクに応じた手厚い検査も検討されるようになっています。広島県の乳がん患者10万人あたりの死亡率は8.5人で、全国平均の10.7人と比べると低い数字になっています(2015年)。その原因として、乳がん検診受診率が2014年の数字では35.5%(全国平均は26.1%)と高いことや、対策型乳がんマンモグラフィ検診による乳がん発見率が高いことなどが考えられます。

乳がんと女性ホルモンとの関係

乳がんの発生や増殖には、女性ホルモンであるエストロゲンがかかわっています。乳がんの主なリスク因子として、「出産経験がない」「初産年齢が高い」「閉経後の肥満」などが挙げられますが、これらは体内のエストロゲンレベルに関係しています(図1)。乳がんの治療法として、手術や放射線治療といった局所療法と、ホルモン療法、化学療法、分子標的治療といった全身療法があります。乳がんの特性に合わせて、これらの治療を組み合わせることで標準的治療を組み立てますが、乳がんに最も特徴的で効果のある治療はホルモン療法です。
乳がん組織にホルモン受容体(エストロゲンまたはプロゲステロン受容体)が発現している場合、女性ホルモンが乳がん細胞のホルモン受容体に結合することでがん細胞が活発に増殖しています。そのような「ホルモン受容体陽性乳がん」は、乳がんの症例の7~8割を占め、ホルモン療法の対象になります。

図1 乳がんになりやすい人は?

ホルモン療法は、エストロゲンの働きを抑制することで乳がん細胞の増殖を抑えるのですが、大きく分けて、①エストロゲンそのものの量を減らす方法(アロマターゼ阻害剤やLH-RHアナログなど)と、②エストロゲンとエストロゲン受容体との結合を阻害する方法(タモキシフェンなど)があります。閉経前ではタモキシフェンが標準治療ですが、若年や再発リスクの高い症例では、タモキシフェンに加えて卵巣機能を抑制する治療法(LH-RHアナログ)を追加します。

閉経後では、卵巣からのエストロゲン供給は止まる代わりに脂肪組織や腫瘍組織でエストロゲンが産生されます。この時にエストロゲン産生に関与する重要な酵素としてアロマターゼがあり、この酵素の働きを抑制するアロマターゼ阻害剤が閉経後乳がんに高い治療効果を発揮します。ホルモン療法は5年が基本とされていましたが、最近は再発リスクの強い症例に対しては10年間もの長期にわたって治療することもあります(図2)。

図2  乳がんのホルモン療法

少ない副作用で高い効果が得られる分子標的治療

がん細胞では正常細胞と比較して特殊な遺伝子が過剰発現し、がん細胞の生存、増殖、転移に働いています。分子標的治療は、そのがん細胞に特殊な分子を狙い撃ちすることで、少ない副作用で高い治療効果が得られることを目的に開発されました。その分子標的治療の代表的な治療として「HER2(ハーツー)標的治療」があります。HER2陽性乳がんは全乳がんの約20%を占めていますが、治療法が開発される以前は悪性度が高く治療成績が不良とされていました。

約15年前に登場したHER2標的薬(ハーセプチンなど)によって、治療成績は劇的に改善し、HER2陽性乳がんの再発症例は半減しました。ホルモン療法と並んで、乳がんの特徴的な治療法といえます。

特別ではなくなった乳房再建術

手術できちんとがんを取り除いた後に、手術の前と同じような胸のふくらみを作ることを乳房再建手術といいます。シリコンインプラントと呼ばれる人工乳房を用いる方法と、自身のお腹や背中の一部から脂肪や筋肉などの自家組織を用いる方法があります。人工乳房を用いた再建は自費診療のため高額な費用がかかることが難点でしたが、2013年からは人工乳房を使った手術も保険適用となったため乳房再建術は急速に普及し、2015年だけで全国で5000件以上の手術が行われました。

人工乳房を使った手術の最大のメリットは、体のほかの部分に新しい傷をつけずに済み、比較的簡単に乳房のふくらみを再現できる点です。人工乳房の大きさや形状は200種類以上ありますので、それぞれの乳房の形や大きさに合わせたものを選ぶことができます。しかし、自家組織を用いた再建には自然な乳房の形や、温かさ、柔らかさが得られるという長所があり、再建を行う際には形成外科医とよく相談してからどちらの方法にするか決めてください。

乳がん患者を対象にした妊孕性温存の取り組み

乳がんの全身治療としてホルモン療法と化学療法、分子標的治療があることはご説明しましたが、これらの治療をいったん始めてしまうと治療中は妊娠を避けなくてはいけません。ホルモン療法は5~10年間かかりますし、化学療法を1コース行うと卵巣の年齢は1・5歳年をとるといわれていますので、乳がんの治療が終わるころには妊娠できる能力(妊孕性)が低下してしまいます。かつては、がん患者というだけで妊娠をあきらめるような風潮がありましたが、現在は治療後の妊娠や出産について支援できる体制も整いつつあり、妊孕性温存が可能となってきています。

妊孕性温存の具体的な方法としては、治療開始前に受精卵(パートナーの精子と出合った卵子)として冷凍保存しておく方法と、卵子そのもの(未受精卵)を保存する方法、卵巣を凍結保存しておく方法(広島県内では県立広島病院のみ実施可能)の三つがあります。受精卵では3個のうちに1回程度の確率で妊娠が成功するとされ、未受精卵では10個以上でやっと1回成功するとされています(図3)。妊孕性温存の対象は35~40歳といわれていますが、妊娠を希望される方は、治療開始前にまず主治医の先生と相談してください。

図3 妊孕性の温存

総合病院とかかりつけ医の役割分担

乳がんの手術は、ほかのがんと比べても大きながん拠点病院に偏る傾向があり、年間100症例以上手術をする病院はいくつもあります。そのため、手術をした病院で細やかにフォローアップすることは時間的な問題で難しくなっています。さらに、がん拠点病院では術後のフォローアップに加えて妊孕性温存、遺伝性乳がん、乳房再建など専門的な取り組みも必要ですし、再発した乳がん患者さんに十分に時間を割いて治療することも大事です。

こういった状況から、経過の良い患者さんはかかりつけ医と手術した病院とが連携しながらフォローしていく「がん連携パス」が全国で導入されました。この連携パスに従い、かかりつけ医では定期的に患者さんを診察し、マンモグラフィ、超音波検査、血液検査などを行い、手術をした病院も半年から1年に1回診察します。

かかりつけ医とがん拠点病院が、両輪となって一緒に患者さんをフォローしていくような体制です(図4)。広島大学病院も年間約300症例の乳がん手術を行っていますが、幸いにも広島県内にはこの本に掲載されているような良い乳がん専門クリニックが多くあるので、円滑な連携フォローができています。

図4 総合病院とかかりつけ医との役割分担

乳がんの良いかかりつけ医の条件

良いかかりつけ医の条件として重要なことは、まずよく話を聞いて相談に乗ってくれるということです。さらに、ご自宅にできるだけ近いほうが気軽に診てもらえてよりいいですね。

次に、乳がんについてよく知っていることです。乳がん領域には乳腺専門医という制度があり、外科であれば100例以上の手術を執刀していることや専門医試験に合格することなど、非常に厳しい条件があります。診てくれる先生が乳腺専門医であれば乳がんについての知識や治療、その副作用対策について安心して任せることができるでしょう(日本乳癌学会ホームページ)。

また、乳がんを見つけることに関する資格としては、マンモグラフィ読影資格、乳腺超音波資格などがあります。自分でしこりを見つけて精密検査をしてほしいという方や乳がんが心配な方は、これらの資格を持っている先生を探して診察を受けるといいでしょう。ご自宅に近いところで探したいという方は、広島県がつくっている「乳がん医療ネットワーク」で探すことができます。

月1回の「まちなかリボンサロン」にぜひ参加を

がんになると、自分のがんや治療への不安などで押しつぶされそうになることがあります。そんな乳がん患者さんへの支援として月1回、NPO法人ひろしまピンクリボンプロジェクトが「まちなかリボンサロン」を開いています。このサロンへは、どの病院で治療している患者さんやご家族でも、気軽に参加することができます。

毎回、医師、看護師、薬剤師など医療従事者が5~10人が参加していますので、病院では聞きにくかったことや不安に思っていることを相談することができます。テーマごとに乳がんに関する講義も行われていますので、最新の乳がん情報を手に入れることもできます。全国でも先駆的な取り組みとして注目されているこの「まちなかリボンサロン」に、ぜひ一度参加してみてください。