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不妊治療の現状と動向

県立広島病院 生殖医療科主任部長原 鐵晃

はら・てつあき。1954年生まれ。1980年、広島大学医学部卒業。広島大学周産母子センター准教授などを経て、2007年から県立広島病院生殖医療科主任部長。得意分野は生殖内分泌(体外受精胚移植)、生殖外科。日本産科婦人科学会専門医、日本生殖医療学会生殖医療専門医、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医、日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医。

赤ちゃんを望んで一定期間の性生活を送りながら、妊娠できない状態を不妊症といいます。不妊の原因には卵巣因子のほか卵管因子、子宮因子、男性因子などのほか、女性は35歳をすぎたころから年齢による不妊の要素も加わります。不妊症について知っておきたいこと、治療の方法などについて、県立広島病院生殖医療科の原鐵晃先生に聞きました。

35歳以上で6か月間妊娠しない場合、早めに受診を

正常の性機能の夫婦では、避妊しなければ1年間で85%、2年間で90%が妊娠します。このため、通常の性行為があって、1年間妊娠しない場合は不妊と考えられます。年齢とともに妊娠しにくくなりますので、35歳を超え6か月間妊娠しない場合は、早めに受診することが大切です。その場合は、「夫婦で同時に」が原則です。女性側のみ検査を行って治療を開始し、1年後に妊娠しないので精液検査を行うと、不妊原因は男性側にあったということも稀ではありません。

不妊症で病院を受診した場合、早期に治療が開始できれば、それにこしたことはありません。しかし妊娠すれば治療が終わりではありません。
不妊治療の目的は、妊娠することではなく、授かった生命を産み、育み、新しい家族が形成されていくことにあります。そのためには、妊娠後の10か月間、母児ともに健やかに過ごし、無事、出産の日を迎えなければいけません。

そのために、いくつかの検査が必要になります。検査には約1か月かかります。女性では卵巣、卵管や子宮を検査とともに、妊娠や出産、育児を健やかにするための最低限の検査も必要です。例えば内科的な高血圧や糖尿病、メタボリック症候群、甲状腺機能異常がないかどうかです。男性では精液検査は必ず行います。

検査によって、妊娠に妨げになるような子宮筋腫や子宮内膜症、排卵障害を起こすような多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)などの疾患が見つかることがありますが、あるからといって必ず治療が必要なわけではありません。例えば、子宮筋腫の場合、その大きさと位置、状態などを診ながら治療方法を考えます。

同じ疾患でも、年齢と症状によって手術するかどうかが決まります。基本的には、自然妊娠ができる状態に持っていくことを目指しますから、若い方の場合、手術をした上での自然妊娠を選択し、高年齢になるにしたがって体外受精を早めに選択するケースが増えます。

不妊治療には大きく分けて、3つあります。手術なども含めて自然妊娠をめざす方法、排卵期に調整した精子を子宮内に注入する人工授精、卵子を体外に取り出し、卵子と精子を体外で受精をさせ、得られた受精卵を子宮内に戻す体外受精です。

このうち、体外受精は非常に厳密に行わないと良い結果が得られないため、治療は時間単位できっちり決められています。
体外受精の際には、多胎妊娠を避けるため、年齢とそれまでの治療経過にもよりますが、移植数は通常1個に限っています。脳性麻痺の発生率が、単胎では0・16%だったのが、双子では0・8%に増え、三つ子では3・1%になり、単胎児の20倍にもなるという報告もあります。体外受精は1978年に世界で初めて行われ、まだ38年しかたっていない若い医療です。体外受精で生まれた子どもさんが、どのように発育されるか、今後も慎重に経過観察する必要があります。

無精子症というのは、精液の中に精子がないことです。無精子症の人でも、睾丸の中には4割程度の確率で精子があるので、この睾丸精子を使う方法もあります。

新しい技術として、受精卵の発育を動画で観察することができるようになりました。「タイムラプス」と呼ばれます。今まで培養状態を観察するには、静止した状態でしか確認することができませんでしたが、このシステムにより受精卵(胚)の成長過程をタイムラプス画像で確認・観察ができるようになりました。通常の観察は1日1回の場合が多いのですが、タイムラプスでは培養期間中は常に撮影を行うため、得られる情報が飛躍的に増加します。撮影された画像は動画として観察し、妊娠に適した胚を選ぶことに役立てます。

「タイミング法」ではなく「卵胞観察」の名称で

これに比べて、人工授精はマイルドな方法です。一般的には、不妊症の原因が不明なケース(原因不明不妊)が対象になります。体外受精が性能はよいが高額なスポーツカーとしたら、人工授精は身近で安価な軽自動車のようなものです。人工授精は卵子には触れないので、より自然に近い形で、副作用もほとんどありません。自然妊娠と比べると、妊娠率は2倍程度に増えますが、不妊の夫婦が1回の月経期間で自然分娩できる確率は3%程度ですので、倍といっても6%程度がせいぜいです。年齢が増えると、その確率はさらに下がります。

人工授精を行うと、最初の3回程度は、妊娠の確率は上がりますが、6回を過ぎた頃よりほぼ頭打ちになります。そのため人工授精を数周期繰り返しても、妊娠しない場合は、体外受精の選択も考えます。料金はいずれも保険がききません。通常、人工授精は2~3万円、体外受精は卵巣刺激から含めると、50~60万円以上と高額になります。

最後に自然妊娠ですが、妊娠しやすい時期は1日ではない、ということは大切です。月経後、排卵までに性交の回数が多いほど妊娠しやすくなります。妊娠しやすい期間は排卵の前に5~6日間あります。排卵前の4日間で妊娠率に、それほど差はありません。いわゆる「タイミング法」は性交の日を厳密に指示することですが、男性が心理的プレッシャーのためED(勃起不全)になることもあります。

最近、EDの男性が増えていますが、EDになる最も多い原因は「この日にセックスをしてください。この日でなければいけません」と言われること、とする報告もあります。妊娠するための努力が、夫婦の性交回数を少なくしてしまい、EDになるのでは本末転倒といわざるを得ません。そのため、できるだけ私たちは「タイミング法」という言葉は使わず、「卵胞観察」という言葉を使っています。

不妊治療の役割分担と良いかかりつけ医の条件

不妊治療における総合病院とかかりつけ医(診療所)には、それぞれ役割があります。不妊治療は「人工授精までの一般不妊治療」「体外受精・胚移植を実施する施設」「体外受精・胚移植と生殖外科手術いずれも実施する施設」に分けることができます。このうち、多くのかかりつけ医では「一般不妊治療」が行われ、「体外受精・胚移植」は、かかりつけ医の中でも日本産科婦人科学会に登録された施設で行われます。手術が必要な場合は総合病院に紹介されます。県立広島病院は総合病院ですが、「一般不妊治療」「体外受精・胚移植」「生殖外科手術」のいずれも行っています。

また、良いかかりつけ医とは、不妊や不育に対する対応だけでなく、患者さんのライフスタイルやライフプランを念頭において治療計画を考える医師です。紹介先の選択肢をたくさん持っている医師も良いかかりつけ医の条件でしょう。