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林病院 (医療法人社団 楓会)

手の外科を中心に手術実績が豊富、リハビリにも力を注ぐ

手の外科手術において広島県でトップの件数を誇る。リハビリも重視し、医師とセラピストの連携を大切にしている。「患者の喜びを、自分たちの喜びに」を合言葉に質の高い医療を提供する。

クリニック・医院情報

住所 広島市中区三川町3-8
TEL 082-248-0600
ホームページ http://hayashi-hospital.com/
駐車場

隣接・近隣(提携)の駐車場をご利用ください(外来診療・入退院時のみ2時間分のサービス券発行)

診療時間

 
9:00~13:00 休診
14:00~18:00 休診 休診

*日曜・祝日、土曜午後は休診

診療案内

主な診療内容  

整形外科・
リハビリテーション科

手の外科、外傷(骨折、捻挫、脱臼、打撲など)
脊椎・脊髄、関節疾患、スポーツ障害、労災事故、交通事故
理学療法、作業療法、物理療法、運動療法
主な設備  手術用顕微鏡2台、16列マルチスライスCT、1.5TMRI
最新設備をそろえたリハビリテーション室

 

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アクセス

詳細情報

以下のページから、さらにくわしい診療内容などがわかります!

医療法人社団 楓会 林病院 | ― 医者選び広島 クリニックサーチ ―
手の外科を中心に手術実績が豊富、リハビリにも力を注ぐ
林病院
林 淳二 理事長・院長

特  色

手の外科手術において、広島県でトップの件数を誇る。
リハビリも重視し、医師とセラピストの連携を大切にしている。
「患者の喜びを、自分たちの喜びに」を合言葉に質の高い医療を提供する。

林理事長・院長(以下、院長)は、整形外科の中でも特に手の外科が専門で、広島市近郊の手の外科の救急治療を中心に診療している。
2013年には手の外科の専門医で前JA広島総合病院整形外科主任部長の高田治彦副院長(以下、高田医師)が赴任し、院長とともに数多くの手術を行っている。高田医師は手の骨折などの外傷を最も得意としている。
また2016年には、脊椎・脊髄病の専門医で市立三次中央病院や中電病院に勤務していた大石芳彰整形外科部長(以下、大石医師)が赴任した。大石医師は多くの脊椎・脊髄の手術を経験し、これまで地域医療に貢献してきた。
同院では年間約1600件余りの手術を行っている。手の外科手術が約9割で、骨折、脊椎・脊髄、人工関節などの手術も扱い、広島大学整形外科の各専門分野の第一線の医師も招聘して、執刀を受け持ってもらっている。リハビリ部門も同院の特徴の一つで、外来患者に対しても理学療法士や作業療法士によるマンツーマンのリハビリに力を入れている。
さて同院は、2013年9月に、広島市中心部にあるファッションストリート並木通り近くに建物を新築した。外観、内装ともにおしゃれな造りで、玄関を入るとまるでホテルのロビーと錯覚してしまうほどである。
同院の始まりは、東京オリンピックが開催された1964年に院長の父剛吉氏が、現病院の隣接地にて開業した林外科医院である。当時としては画期的な、全館冷暖房完備の4階建て鉄筋コンクリートの建物だった。「地元を大切にした、地域密着型の医療を推進したい」との思いで医療に取り組んだ。

院長が整形外科を志したのは、父が卒業した岡山大学第2外科に、手の外科の権威である津下健哉広島大学医学部整形外科学教室名誉教授(以下、津下名誉教授)がいたことが発端である。津下名誉教授は誰もが認める比類のない医師で、父の推薦もあり、その後広島大学医学部整形外科学教室の教授に就任していた津下名誉教授のもとで学ぶため、同教室に入局した。マイクロサージャリーの道を選んだのは、院長も所属していた広島大学医学部硬式庭球部出身で、当時講師であった生田義和広島大学医学部整形外科学教室名誉教授に誘われたのがきっかけと院長は当時を振り返る。
1985年に津下名誉教授が退官後、広島県立障害者リハビリテーションセンターに移ったときに、鞄持ちの形で1年半助手をした。
身近で接することができて、大変勉強になったという。その後広島大学に戻り、1990年に広島三菱病院へ科長として赴任し、手の外科を中心に9年勤務した。広島三菱病院では多くの救急患者が運ばれてきた。労働外傷や農作業による外傷などが主だったが、院長が赴任してからは圧倒的に手の外科の手術が増えた。
その後、1999年に同院院長に就任。同院においても救急患者を受け付けており、24時間365日、日曜でも手術を行っている。広島市近郊のみならず、県西部や県北部、山口県岩国市などから多くの患者が運ばれてくる。
2013年に新築した病院の手術室は、充実した手術ができるように工夫した。また、手術室は2つあり、広島大学整形外科の脊椎、手、膝、股関節などの部門の医師も手術の応援に来ている。全国レベルの医師たちである。
「応援に来てくれる医師たちはよく見知った後輩たちで、助かっています。気持ち良く手術ができる、環境の整った病院でありたいと思っています」
手術室の充実に加えて、スタッフの育成にも力を注いでいる。
大学病院などの総合病院の場合、手術室の看護師の守備範囲は広く、オールマイティな技術が求められる。しかし、同院では整形外科の手術しか行わないため、整形外科に特化したスペシャリストを育てることができる。
「執刀者が気持ち良く手術に集中できる環境をめざしました。時には泣きながら付いて来てくれたスタッフも……。期待に応えてくれて本当に感謝しています」
また、手の外科領域の患者の多くが同院に救急車で送られてくるため、すみ分けを図っている。指の切断なら同院に、上肢の切断なら広島大学病院へ、という具合だ。患者の全身状態が悪い場合は、麻酔科の医師と相談して、必要があれば地域の中核病院に依頼をしており、患者のリスク管理が何よりも重要であるという方針で手術に臨んでいる。

同院では、年間1600件以上の手術を行う。
これは病床数51の病院にしては圧倒的に多い手術件数である。開業医からの紹介も多く含まれており、手の外科手術は全体の約9割に上る。手の外科手術には、腱鞘炎、手根管症候群、骨折などがあるが、中でも手指の骨折が多い。手指の骨折は、その後の指の動きにも関わるので、リハビリを考慮した丁寧な治療が必要となる。
一番多いのは親指の付け根の痛みで、加齢を原因とするものが多い。ほかの指の関節は一方向のみにしか動かすことができないが、親指の付け根は球状の関節になっており、多方向に動かせることが特徴である。しかし、その分関節にかかる負担は大きい。
初期であれば注射や装具療法で治療することが多いが、それでも改善が見られない場合は手術をすることもある。一般的に手術では、関節を固定するか、動く関節を作るかの選択となる。手術を行った場合は、日常生活に支障をきたすことはないが、どうしても力仕事をすることが難しくなる。
「手の外科手術は、失った機能を作り直すことが可能です。そこに魅力を感じました」
失った機能を再び作り直す手術を「再建手術」という。手の外科分野では、この再建手術を最も多く行う分野の一つともいえる。「手は人の目に付きやすいため、単に機能を回復するだけなく、美しく再建することをモットーにしています」と院長は語る。これまでの再建術は、機能回復を重視しており、外見は二の次にされてきた。メスの入れ方や傷の入れ方に細心の注意を払い、元の状態に近いものを作り上げていく。
「どれだけきれいで動く手にできるかが、私のライフワークです」
院長は、切断された指の再接合を最も得意としており、2020年も19件の手術を行っている。指の再接合では、顕微鏡を使い、0・3㎜と非常に細い血管を縫合していく。
足の親指を手に移植する手術を行うこともある。大がかりな手術になり、6~7時間かけて行う。
「ただ取って付けたものではいけません。海外では大雑把にしていますが、日本人は美しいものに対する感性が世界一ですね」
1993年にパリで開かれた、国際マイクロサージャリー学会の足の指を手に移植するセッションにおいて、院長の親指の再建手術における部分移植に対して、他国の誰の手術よりもきれいであるとの評価を得た。

院長と高田副院長、大石整形外科部長は旧知である。両医師はともに院長の広島大学の後輩で、「2人とも私以上に優秀です」と院長は語る。高田医師は硬式庭球部の後輩でもある。大石医師は市立三次中央病院時代に高田医師の後任部長を務め、10年一緒に医療を行っていた。麻酔科の野坂裕理佳医師も市立三次中央病院で同じ釜の飯を食べた間柄である。
高田医師は、松山赤十字病院時代の指導医師の中に手の外科の専門医が多かった。
「整形外科は機能を治すもので、とりわけ手の外科は手術の手技の差がはっきり出ます。だから面白いですし、やりがいもあるんです。術者の技術が試されますが、少しでもきれいな手を作りたいです」
松山赤十字病院時代から手の外科が中心になった。市立三次中央病院には12年在籍し、外傷から切断まで何でも手がけた。
「院長はマイクロ分野が得意ですが、私の得意分野は外傷関係です。肩関節以外は何でも手がけました」
そして2013年に同院に赴任した。総合病院では外来で術後の患者全員を診ることはできない。
「手術後に紹介病院に戻すことが多く、全ての患者さんをフォローできていませんでした。手の外科はリハビリがとても大切ですが、当院では患者さんやセラピストとの距離も近いです。当院のセラピストは本当に勉強熱心で、手術のときに見学に入っていたのには驚きでした」
高田医師は腱の手術が多い。強めに縫って早めに動かしていく早期運動療法は、他院ではまだあまり行われておらず、通常は3週間程度固定している。しかし、同院では早く動かす治療に努めている。
「当院では手術した患者さんがその後どうなったか知ることができます。将来的にはスポーツ障害、例えば野球肘などを診てみたいですね」
高田医師は上肢の骨折などの外傷が得意で、院長とは得意分野が少し異なるため、それぞれが補いながら協力して手術を行っている。

大石医師は中国労災病院で脊椎疾患の治療に触れ、その後脊椎をもっと学びたいと思い、安佐市民病院や広島大学病院で研鑽を積んだ。
「当院では専門分野の拡大をめざしていますが、少しでもそのお役に立ちたいです」
実際の治療では、脊椎や脊髄に由来する疾患も多い。椎間板ヘルニアは、腰痛だけでなく下肢の痛みやしびれを引きおこす疾患だが、投薬やブロック治療で改善しない場合には手術を要する。
また高齢者に多い腰部脊柱管狭窄症は、椎間板ヘルニアのような強い痛みはないものの、歩いていると痛みとしびれのため歩けなくなるといった間欠跛行を引きおこす。しばらくは投薬治療を行うが、加齢的な進行があるため手術を要することも多い。それぞれ、ヘルニアの摘出や狭窄からの解放を行う手術が必要だが、術後数日から歩行訓練を行い、約2週間で自宅へ退院することが可能となる。ただし、大病院のように一律の入院期間ではなく、しっかりとリハビリを行い、日常生活が十分に可能になってから退院するように配慮がされている。

同院では、理学療法士の大西浩司リハビリ部長を中心に、リハビリに特に力を入れている。院長とは広島三菱病院時代から25年以上の付き合いだという。
大西部長は広島三菱病院勤務時代、手の外科のリハビリで有名な名古屋掖済会病院で学んだ経験がある。「えきさい(導き、助ける)」の精神に基づき、「ハンドセラピスト」と呼ばれる専門の作業療法士が手指の訓練を行うことで、早期の機能回復をめざす病院である。
「ここでハンドセラピーの基礎と心構えをみっちりと学びました」
手の手術は、手術自体が成功したとしても完全な状態には戻らない。根気強いリハビリが重要で、それを怠るとなかなか機能回復は望めない。手のリハビリは回復に時間がかかるが、それでもこつこつと取り組むことが大切で、同院はそのサポートに全力を上げている。
リハビリでは、患者本人のモチベーションをいかに上げるかが重要となる。
「リハビリは、患者さんをどれだけその気にさせることができるにかかっています。大切なのはハートなんです」
また、仕事をただ単なる仕事と考えず、「人のために」という医療従事者の初心に帰るべきと付け加える。
「他人が喜ぶ姿を見られることは、何よりうれしいことです。これが医療人の原点だと思います。患者さん、スタッフともに喜びを分かち合ってほしいですね」
同院には理学療法士14人、作業療法士7人が在籍している。
「身内を診るくらいに、一生を背負っていけ」が院長の口癖だ。各スタッフはさまざまな勉強会に参加して、その内容をスタッフ間で共有している。昔に比べて、今は知識や技術がかなり高度になっており、切磋琢磨が重要だと話す。院内勉強会やリハビリカンファレンスなども定期的に行い、医師との情報交換も重要視している。
「手は非常に繊細な動きが要求される部位ですので、100%の完全な手術をしても、その後のリハビリが不十分だと、良好な状態に回復しません。そのためには、患者さんのリハビリに対する真剣な姿勢が大切です。また、患者さんの意欲を引き出すには、セラピストの治療に対する姿勢も重要だと思っています」

手の外科はかつては外傷がほとんどだった。いろいろな製品を生産する工場内の機械が発展していくにつれて、手の外傷の数は減ってきている。その一方で高齢者が増え、加齢による退行性変性の疾患が増えている。
「高齢者だからと、これまではあきらめていた疾患に関して、みんなの英知を集めて最適な治療を提供したいと思っています。整形外科そのものの役割もそのような方向に向かっていくのでは……」
「第一線の医師に来てもらえるわけですからハイグレードで、しかも根気強くやっていく姿勢を出していきたいです。しっかり腰を据えて治していく、そんな雰囲気の病院があっても良いのではないでしょうか」

患者の高齢者の比率はやはり高く、膝、肩、腰、首の痛みを訴える場合が多い。そんな患者に対して、理学療法士や作業療法士がリハビリで対応している。
「『歳を取っているのだから我慢してください』ではなく、高齢の患者さんでも頑張れば元気になれるようにお手伝いしたいです。ですから、患者さんも同じ気持ちになってもらって一生懸命にリハビリに努めてほしいです。そして少しでもQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を高めたいです」
そして院長は自分の思いをこう語る。
「日本人の二人称『あなた』、言い換えれば謙虚さを大切にする日本の文化を大切にしたいです。これを当院の文化にしたいと思っています。患者さんの喜びを自分の喜び以上に思えるように……。精神面だけでなく、少しでも具体化していきたいですね。例えば、受付でも『頑張ったね』『良かったね』といった言葉を伝えられるようにしたいです。これが一つの"文化“になりますから。心のつながりを持った接し方を心がけたいです。医療としての結果を出すのはもちろんですが、さらにみんながにこやかであれば……。そんな病院であり続けたいです」

林 淳二 理事長・院長

はやし・じゅんじ

経 歴

1979年広島大学医学部卒
広島県立身体障害者リハビリテーションセンター、広島三菱病院などを経て、1999年12月林病院院長就任
2003年9月医療法人社団楓会を設立
2013年9月同院新築、移転

高田 治彦 副院長

たかた・はるひこ

経 歴

1988年広島大学医学部卒
広島共立病院、JA吉田総合病院、公立世羅中央病院、松山赤十字病院を経て、広島大学大学院へ
その後、市立三次中央病院、JA広島総合病院を経て、2013年4月林病院赴任

大石 芳彰 整形外科部長

おおいし・よしあき

経 歴

1992年広島大学医学部卒
広島大学病院、中国労災病院、国立大竹病院(現広島西医療センター)、安佐市民病院、公立世羅中央病院、広島共立病院などを経て、広島大学大学院入学、卒業
市立三次中央病院、中電病院を経て、2016年4月林病院赴任

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