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脳疾患診療の最前線 ――地域連携パスが患者を支える

(独)労働者健康安全機構 中国労災病院 病院長栗栖 薫(前 広島大学病院 脳神経外科 診療科長・教授)

末廣 龍憲

くりす・かおる。
1955年広島市生まれ。
1981年広島大学医学部医学科卒業、同年広島大学医学部附属病院(現広島大学病院)研修医。
1987年同病院助手、1991年同病院講師、1994年広島大学医学部脳神経外科助教授、1995年広島大学病院脳神経外科診療科長・教授を経て、2020年4月より現職。
専門は脳神経外科学、脳腫瘍の病態と治療、中枢神経系の画像診断、中枢神経系の細胞療法など。
脳神経外科専門医。
医学博士。

現在では、超高齢社会に伴い、脳梗塞などの脳血管疾患の患者数は年々増加しています。ここでは、広島県の脳神経治療や医療連携体制、地域連携パスの取り組みなどについて、中国労災病院の栗栖薫病院長に話を伺いました。

地域連携パスで切れ目のない治療体制を実現

これまでの脳疾患診療では、一つの病院で治療からリハビリテーション(以下、リハビリ)まで行うことが一般的でしたが、現在は①急性期治療に特化した急性期病院、②リハビリの必要な患者さんを受け入れる回復期リハビリ病院、③維持期(生活期)に在宅でのリハビリを支援する施設、といった病院の機能分化が進んでいます。そうした中、それぞれが役割を果たし、円滑に連携して切れ目のない治療体制を作るために、地域連携パスは生まれました。
地域連携パスは、一人の患者さんの治療の流れとして、急性期病院から回復期病院を経て早期に自宅に戻れるような診療計画を作成し、治療を受ける全ての医療機関や施設で共有して使用するものです。
急性期・回復期・維持期(生活期)のそれぞれの施設が役割分担しながら、地域包括ケア(地域で治療が完結)の実現をめざしてそれに結びつくような連携をきちんと行うことが、現在の新しい医療体制となっています。
広島県では、脳卒中や認知症などの各疾患について連携パスが作成されており、脳卒中に関しての連携パスは、もともと地域完結型に近い形で作られていました。それが県内で統一された形で動き始め、将来的には医療福祉行政にきちんと反映されるようなパスが運用されることで、医療の流れが全体として分かるようになります。
最終的にはPHR(Personal Health Record /個人の健康記録)という形で、各々が自身の診療記録や健康に関する情報を持ち、それを医療機関が活用するという形に発展させるのが理想的です。

情報共有システムの構築をめざす

現在のひろしま脳卒中地域連携パスは、2017年3月に看護やリハビリ、介護の現場の方の意見を反映した形で見直したものを運用し、紙媒体・電子媒体を併用しています。このパスの最終的な到達目標と利用目的については、定期的な議論が交わされており、また、運用後2年が経過した段階で運用状況が確認されます。それらの評価を正確に行い、ひろしま医療情報ネットワーク(HMネット)と連動させていきたいと考えています。
2018年度から、患者さんのスマートフォンで使えるソフトを利用して、医療機関同士で共有できるシステムを構築していこうという臨床研究的な試みが、広島大学病院を含めた全国11の中核的な施設で始まります。まずは脳卒中から始めていき、他の疾患へ広げていくことも視野に入れられています。
広島県は、7つの医療圏(広島、広島西、呉、広島中央、尾三、福山・府中、備北)にそれぞれ中核的な施設があります。①最初は広島大学病院を中心にした数施設で、②次に中核施設同士を結んで情報を共有し、③その後は、その中核施設に患者さんを紹介している周辺の医療機関などと中核施設の間でやり取りを行う、というステップを踏み、3年を目途にシステムの構築を検討しています。そして全てが共有化された場合には、広島県全域でシステム共有が可能になります。
最終的には、患者さんの協力を得ながら、各々のスマートフォンに情報を保存する形でPHRを扱う段階まで広げられればと検討しています。

「Drip-Ship」――脳卒中の地域連携医療

脳卒中の新しい治療では、急性期の脳梗塞に対する血管内治療の効果が、大規模な臨床試験で証明されています。t-PA静注療法(脳の血管内に詰まった血栓を溶かす薬を静脈内に投与)も確実に広がってきていますが、血栓を回収する血管内治療は、この療法で十分に血流が再開しない症例や、発症から少し時間が経っていても効果が期待できるという優位性があります。
県内の7つの各医療圏の中核施設には、脳血管内治療の専門医が常駐しており、今後の脳卒中診療を大きく変えていくことになると考えます。医療情報のスムーズな連携によって、かかりつけ医や最初に搬送された病院でt-PA療法を行いながら(Drip)、中核施設へ搬送し(Ship)、そこで症状が改善していなければ血管内治療で血栓回収を行う(Retrieve) という「Drip-Ship/tPA静注療法と血管内治療の地域連携、下図」が可能です。
こうした場面でも、前述のスマートフォンソフトを施設間で活用できれば、救急隊もスムーズに搬送ができ、情報共有や対応も早く可能になり、結果的に患者さんの入院期間や社会復帰までの時間の短縮に結びつくことになります。

重要になるかかりつけ医の役割

200床以下の病院には、急性期から回復期リハビリ病棟まで備え、一つの病院で治療が完結する形の施設もありますが、脳卒中の医療は、基本的には急性期→回復期→維持期(生活期)という流れの中で、それぞれの診療機関が情報を共有しながら切れ目のない対応を行い、介護・福祉・保健まで含めた地域包括ケアの中で完結できる形に各機関が協力しています。
現在は、大学病院などの総合病院で全てが完結するという医療体制ではなく、そのため、かかりつけ医がどこまで判断できるかが非常に大切です。脳の病気でかかりつけ医に一番求められるのは、「疾患の早期発見」と「急性期の専門治療を行っている施設を適切に紹介できること」です。現在は、開業医の多くがMRIを備えており、超急性期の脳の状態を見逃さないような設備レベルにあります。超急性期の虚血などは、MRIの拡散強調画像という撮影方法で分かりますが、その診断こそが重要です。
また、治療が終わった後に自宅へ戻ってからも、かかりつけ医の役割は大切です。総合病院などに紹介された患者さんは、確定診断に近い領域まで検査を行い、その後、定期的にフォローアップされていきます。総合病院は紹介を受けるだけでなく、病状が落ち着いたら元の病院に紹介し直して、引き続き診てもらうことになります。その場合は、確定診断に至った検査を中心に、経過を追う検査に関しても細かく指示を出します。
このように、総合病院とかかりつけ医が大事な要点を把握し、情報を共有して診ることでダブルチェックが可能になるわけです。

広島大学病院の新たな取り組みとは

私が診療科長を務めていた広島大学病院では、世界初の情報統合型の手術室であるスマート治療室(SCOT:Smart Cyber Operating Theater、下写真)を導入しました(2016年4月)。手術に必要な情報を時間的に同期化して統合し、さらにネットワークでその情報を管理・運用する手術室です。これまでに脳腫瘍を中心に30例以上の脳神経外科手術を行い、今後は他の外科領域への応用も進められています。
こうした、次世代型手術室の活用や、前述の新しいソフトを使ったシステム構築のキーワードは「デジタル医療情報の活用・運用」です。IOT*、ICT*が当たり前の状況になっている現在では、デジタル医療情報を安全かつ有効利用することが、今後の社会ではさらに必要になってくると考えます。
(※以上、掲載の内容は、2020年3月末までの情報になります)
*IOT/モノ(物)がインターネットにつながる仕組みや技術
*ICT/通信技術を使ったコミュニケーション

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