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脳梗塞患者をできるだけ多く救うために ――脳血管内治療の最前線

兵庫医科大学 脳神経外科学講座 主任教授・脳卒中センター長吉村紳一

吉村紳一

よしむら・しんいち。
1989年岐阜大学医学部卒業、同大学脳神経外科学教室入局。
1992年国立循環器病センター(3年勤務)。
1999年ハーバード大学マサチューセッツ総合病院、2001年スイス・チューリッヒ大学留学。
2004年岐阜大学脳神経外科助教授、2008年同臨床教授を経て、2013年9月から現職。
日本脳神経外科学会奨励賞、公益信託美原脳血管障害研究振興基金 美原賞など受賞多数。

一年間に約6万6千人ほどの患者が亡くなっている脳梗塞。国内の脳梗塞血管内治療の第一人者である吉村紳一教授は、「脳卒中から日本を救え!」というキャッチフレーズのもと、「レスキュー・ジャパン・プロジェクト」という活動を展開。一人でも多くの患者が脳梗塞での血管内治療を受けられる体制の構築の支援を続けています。ここでは、脳梗塞の血管内治療の最新動向などについて、兵庫医科大学の吉村紳一教授に話を伺いました。

普及したt―PA静注療法にも弱点があった

脳梗塞の治療でこれまで一番有名だった治療法が「t―PA静注療法」です。点滴で血栓を溶かし、血栓によってせき止められていた血流を再開通させるという治療法です。科学的データもしっかりあり、脳卒中治療のガイドラインでも、推奨度が最高ランク(グレードA)の治療法です。
t―PA静注療法は2005年から始まり、次第に普及して症例が増えることでデータも蓄積されてきました。当初は「発症後3時間以内に治療開始が必要」とされていましたが、その後の研究により、2012年には「発症後4・5時間以内に治療を開始すればよい」という基準になりました。その結果、さらに症例数が増え、2012年10月~2013年9月の一年間で国内での症例数が1万1千例を超えました(下表)。
しかし、この治療実績でも国内の全脳梗塞患者の5%程度にしか相当しません。つまり、95%の患者さんがこの治療法を受けられていない事実を示しています。また、治療を受けた5%の患者さんにしても、治療が全て成功しているかというと、必ずしもそうではありません。
t―PA投与による主幹動脈閉塞症(脳梗塞の中で最重症で脳の太い血管が詰まる)の3時間以内の血管再開通率は、約33%です。さらに、主幹動脈閉塞症の中でも、生命に直結する太い血管である内頸動脈や脳底動脈になると、再開通率は約13%と非常に低くなってしまいます(下表)。
その結果、t―PA静注療法は「ほとんどの場合で間に合わない」「間に合ったとしても、約3割の患者のみに有効で、重症の場合はその有効性はさらに下がる」治療法であることが分かってきました。

血栓回収療法の有効性とは

そんな中、t―PA静注療法の弱点を補う治療法として新たに登場したのが「血栓回収療法」です。ステントという器具を血管内に入れ、それを使って血管をせき止めている血栓を直接取り除く治療法です。
まず、足の付け根から血管にカテーテル(管)を挿入します。カテーテルを脳へと進めていき、血栓のある場所で網目状のステントを広げ、血栓を引っかけてゆっくりと引き出して、除去します。血栓が取り除かれると、再び血液が流れ始めます。
t―PA静注療法は、発症後4・5時間以内の患者さんに可能な治療法ですが、血栓回収療法は原則発症後8時間以内の患者さんに有効です。したがって、より多くの患者さんを救うことが可能となります。
血栓回収療法は2015年に科学的に有効性が証明され、米国ではその年のうちにガイドラインが改訂されて、強く推奨される治療法になりました。
国内でも、2017年に改訂された脳卒中治療ガイドラインでグレードAの治療法として、「発症6時間以内にステントを用いた血管内治療(機械的血栓回収療法)を開始することが強く勧められる」と見直されました。このように、ガイドラインでは基準をより厳しく6時間以内としています。
血栓回収療法により、自宅復帰率(患者が回復して自宅に帰ることができる確率)が約20%も上昇したと報告されています。

どれだけ早く血栓回収療法を行えるかが重要

この血栓回収療法をより生かすために鍵となるのが時間です。原則8時間まで適応といっても、脳の血管が詰まっている時間が長くなると、それだけ脳のダメージは大きくなります。一刻も早く詰まった部分を再開通させることが重要です。
時間短縮は医師の力だけでできるものではありません。患者さんが血管造影室に運ばれてカテーテル台に上がり、そこからいかに医師が頑張ったとしても短縮できる時間はわずかです。脳梗塞を発症してから、すぐに病院に搬送し、その後速やかに患者さんをカテーテル台に上げて、血管を開通させることが重要です。それには、医師だけでなく多職種によるチーム医療の充実が必須です。
脳梗塞で血栓回収療法が必要な患者さんが救急に運びこまれると分かったときには、救急チームに加えて脳外科医や病院の事務スタッフもそこに加わり、救急隊の到着を待ち構えます。そして、病院到着後すぐに診療が始まります。
救急隊からの引き継ぎ、患者さんやご家族への問診、患者さんのご家族への説明、採血や画像検査、そして、t―PAや血栓回収療法までの過程をチームで同時進行していくことで、血管が開通するまでの時間を短縮しています。

救急搬送のために有効な支援アプリを開発

さらに、時間短縮で最も重要なのは救急隊の力です。血管内治療を実施している施設に患者さんを「一刻も早く・直接」搬送できれば、それだけ治癒の可能性は上がります。
2017年に人口当たりの血管内治療の動向について全国調査を都道府県ごとに行ったところ、ダントツで高知県が全国1位でした。脳外科の専門医が多ければ比例して治療数も増える傾向にありますが、高知県の場合、人口当たりの専門医がそれほど多いわけでもありません。調査を進める中で、このような高い治療実績を達成できている原因の一つとして、救急搬送システムの充実が考えられています。重症脳卒中の疑いのある患者さんを、脳卒中センターに直接搬送するシステムが出来上がっているのです。
救急車の中で血栓回収療法が必要かどうかを見極められれば、救急隊は患者さんを適切な施設へ直接搬送できます。そこで、救急隊が現場で病型予測を行える「病院前脳卒中病型判別システム/ JUST Score」というアプリを当院で開発しました(下写真、図)。
このアプリは、救急搬送患者の年齢・麻痺 や痙攣の有無・意識状態など、簡単に評価できる項目を入力するだけで、自動的に主幹動脈閉塞症などの診断ができるというものです。当院では、地域の救急隊と連携し、このアプリによって主幹動脈閉塞症の疑いが50%以上と判定された場合には、すぐにカテーテルが可能な施設に搬送するよう働きかけをしています(下図)。
このように、発症現場から病院までの時間短縮を図るさまざまな取り組みが行われています。重症脳梗塞患者さんを一人でも多く救うには、血栓回収療法をできるだけ多くの患者さんに迅速に行える環境づくりが必要です。各地域における連携システムの充実が求められています。

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