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元気で長生きしたければ、歯のケアを!

(学校法人三宅学園 下松デンタルアカデミー専門学校栗原英見 学校長(前 広島大学病院 歯周診療科 教授)

末廣 龍憲

くりはら・ひでみ。
1954年千葉県生まれ。
1980年広島大学歯学部歯学科卒業。
岡山大学歯学部助手、同助教授、広島大学歯学部教授、広島大学病院歯周診療科教授などを経て、2020年4月より現職。
歯学博士。
専門分野は歯周病学。
日本歯周病学会歯周病専門医・指導医。
日本歯科保存学会指導医。

「Floss or Die(デンタルフロスをしますか、それとも死にますか)」
かつて、米国でセンセーションを起こしたメッセージです。歯周病が、心筋梗こう塞そくなどの命に関わる病気の原因になることを表現しています。
たかが歯とあなどるなかれ。歯周病だけでなく、口の中のトラブルは体全体に影響を及ぼします。人生100 年時代を健康で生き抜くための鍵は、歯にあるといっても過言ではありません。下松デンタルアカデミー専門学校の栗原英見学校長に、歯と全身の健康の関係、歯科医との関わり方などについて、話を伺いました。

歯周病もむし歯も細菌による感染症

「年をとって歯が抜けるのは老化現象の一つ」「むし歯になるのは甘いものを食べるから」。そんなふうに考えている方は多いのではないでしょうか。しかし、歯磨き(ブラッシング)や生活習慣を整えて正しく歯のケアをすれば、年をとっても自分の歯を保つことができます。また、甘いものはむし歯の原因の一つですが、それだけでむし歯になるわけではありません。むし歯菌、歯の質や形、唾液の質、口の中の解剖学的要因、間食の取り方と時間など、いくつかの要因が重なってむし歯になるのです。歯周病とむし歯は、歯を失う二大要因です。厚生労働省の調査では、65歳の80%以上が歯周病にかかり、13歳の90%以上にむし歯が見られます。

歯垢(プラーク)という言葉を聞かれたことがあると思います。歯の表面にこびりついた、白っぽくネバネバしたものです。プラークは食べかすではなく細菌の塊で、口の中にはさまざまな細菌が10億個以上生息しているといわれています。その細菌の中に歯周病やむし歯の原因菌がいます。歯周病もむし歯も、口腔細菌によって引き起こされる感染症なのです。世界レベルでの研究によって、これらの菌がさまざまな病気と密接に関係していることが分かってきました。

むし歯が原因で脳出血が起きることも

むし歯や歯周病を治療した際に、むし歯菌や歯周病菌が血液中に入ることがあります。体の血液の中に細菌が存在する状態を「菌血症」と呼びます。むし歯や歯周病を放置していると、歯を磨いたり、物を食べたりするだけでも菌血症(歯原性菌血症)は起きるといわれています。ただし、通常では細菌が血液中に侵入しても、マクロファージのような免疫細胞に捕まってすぐに排除されますから、健康な人であれがそれほど心配する必要はありません。しかし、体力の低下した人や高齢者では、そうした体の防御メカニズムが正常に機能しません。また、むし歯菌や歯周病菌が全身に巡れば、全身疾患の原因ともなり得ます。

2018年に、「ミュータンス菌というむし歯の原因菌、その中でもCnm陽性ミュータンス菌が脳出血に関わっている」という報告がされました。Cnm陽性ミュータンス菌とは、止血を妨げるタンパクを持つむし歯菌で、日本人の約10~20%がこの菌を持っているとされています。このCnm陽性ミュータンス菌が原因で脳出血が起き、特に、微小な脳出血が多く見られることが明らかになっています。また、Cnm陽性ミュータンス菌を持っている人は単語を思い出しにくくなるという報告もあり、認知症とも関わっている可能性があります。これまで、高血圧が原因と考えられてきた、「脳出血の26%にCnm陽性ミュータンス菌感染が認められた」という研究や、「この菌を治療すれば年間3万人の脳出血が予防できる」という研究もあります。

「むし歯予防の第一は、歯磨き」。とすれば、歯磨きはむし歯予防だけでなく、脳出血予防につながることにもなるのです。

歯周病は全身の病気と関わっている

歯周病は、糖尿病と関連していることはよく知られています。「糖尿病の人は歯周病にかかりやすい」というデータがあり、また、「糖尿病の人は歯周病が治りにくい」という報告があります。最近では、「歯周病菌が体内に入ると、インスリンの働きが低下して糖尿病の症状が悪化する」という、逆の関係も明らかになってきました。つまり、歯周病と糖尿病は、お互いを悪化させると考えられるようになってきたのです。また、歯周病を治療すれば、糖尿病が改善することも分かってきています。

歯周病と関連があるのは糖尿病だけではありません。噛む機能が低下するため肥満になりやすかったり、脳や心臓などの血管障害、早産・低体重児出産、関節リウマチ、骨粗しょう症、感染性心内膜炎、肺炎、バージャー病、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)、アルツハイマー病などとも関連があるといわれています。

肺炎は、日本人の死亡原因の第3位です。口腔内細菌が唾液や胃液と一緒に肺に入って起きる誤嚥性肺炎は、寝たきりの高齢者に多く、高齢者の肺炎の約7割が誤嚥性肺炎です。誤嚥性肺炎の原因となる細菌の多くは歯周病菌だといわれ、誤嚥性肺炎の予防には歯周病のコントロールが重要になります。健康長寿のためには、適切な口腔ケアを続け、誤嚥を防ぐことも大切です(図)。

歯周病治療で脳梗塞や心筋梗塞を予防

最近の研究では、動脈硬化の原因の一つに菌血症が指摘されています。動脈硬化を起こした血管の中のプラーク(粥腫/血管の瘤)に、歯周病菌が見つかった例がアメリカや日本で報告されているのです。動脈硬化は、脳梗塞や心筋梗塞の原因になります。また、以前から、歯周病の人は心筋梗塞になるリスクが高いことが報告されていて、歯周病菌で血小板の凝集能(集まって固まる)が高まり、血栓が形成されやすくなるとみられています。歯周病を予防・治療すれば、脳梗塞や心筋梗塞の予防につながるのです。

むし歯菌は、血小板の作用を抑制するため出血を起こしやすくなるのに対して、歯周病菌は、血小板の作用を高めるため血栓を作りやすくなります。同じ血管の病気でも、血管壁が切れて出血を起こすのと、血栓が詰まって梗塞を起こすという正反対の現象を引き起こすわけですが、どちらもしっかり口腔ケアをして、歯を健康に保つことが病気の予防につながります。

これからの日本の目標は、「健康寿命を伸ばすこと」です。一生涯寝たきりにならず、健康で明るく元気に生活するためには、歯の寿命を伸ばすことが大切になります。全国的に、80歳になっても自分の歯を20本以上保つことを目標とする「8020運動」が展開されていますが、その中間目標として「5525運動」というものがあります。55歳で自分の歯が25本あることを目標とするもので、広島県は5525運動に力を入れ、働き世代からの健康増進を支援しています。

何歳になっても自分の歯で何でも噛んで食べられることは、食生活を豊かにし、健康維持とさまざまな病気の予防にもつながります。

一日1回は丁寧な歯磨きを

歯周病菌は、7~8時間かけてゆっくり増殖するとされています。そのため、歯ブラシで歯垢を落とすだけで十分で、予防や治療にも歯磨き(ブラッシング)が役立ちます。一方、むし歯菌は増殖が速いため、ブラッシングに加えて食事の管理やフッ素による予防が不可欠となります。ブラッシングで気を付けることは、一日に1回でもいいので丁寧に磨くことです。一日に10回磨いても、いい加減な磨き方で、いつも隅に磨き残しがあったのでは意味がありません。一日に1回でも、隅々まで丁寧にブラッシングをすることが大事です。可能であれば音波歯ブラシを使えば、手で磨くよりも約5倍効率よく磨くことができます。

歯科医療の基本も、ブラッシング指導を丁寧にすることです。削って埋める治療は、原因を除去することにはならず、あくまでも対症療法です。ブラッシングこそが根本治療であり、基本です。歯科医を選ぶポイントも、重要なのはブラッシング指導を丁寧にしてくれるかどうかです。さらに、X線写真などを見ながらきちんと説明してくれることも大切です。きちんと説明するには、基の検査データがしっかりあって、その後の経過観察もきちんとしていなければなりません。そのためには、歯科医師と歯科衛生士との連携が取れていることも大切です。

歯周病の進行程度にもよりますが、一般的に、初診日の1回だけで検査から歯周病治療まで全て終える歯科医院は、あまりお勧めできません。これでは、きちんとした歯周病治療はできません。歯周病の治療にはどうしてもある程度の期間が必要となります。痛い治療もきちんとやってくれることも大切なことです。歯科治療は、手早く済めばよいというものではないのです。

ブラッシングと歯科医の定期的なケアが大切

歯科医を選ぶ際に参考にできる資格として、厚生労働省が認めている「広告ができる専門医」があります。歯科では、「口腔外科専門医・歯周病専門医・小児歯科専門医・歯科麻酔科専門医・歯科放射線専門医」の五つの領域の専門医があります。しかし、歯周病に関しては県内には30人弱しかいないため、歯科衛生士と十分な連携が取れている歯科医院で、ブラッシング指導や定期的なケアを受けることが大切です。

歯の治療は、単にむし歯や歯周病を治すものではありません。高齢化が進む中で健康寿命を伸ばすためには、日頃から意識して歯をケアすることが大切になります。年をとっても、口の中の健康を保って元気に暮らすことは、現在大きな社会問題となっている医療費の削減にもつながります。何よりも、自分自身が元気で長生きしたいと思ったら、毎日の歯磨きと歯科医院で定期的に受ける口のケアは非常に大切です。

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